朝鮮人が世界でも最も嫌われる理由のひとつ
日本との歴史問題が絡むと、この国の?鉄面皮?はとどまるところを知らないようだ。
「まともに相手にするのもむなしいが、粛々と正しいことを訴え続けるしかない」。平成24年、韓国人窃盗団に仏像を盗まれた観音寺(長崎県対馬市)の前住 職、田中節孝氏(69)は怒りを抑えつつ語った。今年5月、仏像の引き渡しを求めて訪韓。仏像の所有権を主張する浮石寺に足を運んで関係者と面会したが、 相手は日本の海賊「倭寇」に略奪されたものだ-と証拠上明白でない倭寇を持ち出し、返す姿勢をみじんも見せなかったという。文化財の返還問題は世界各地で 起きており、民族感情も絡み、極めてデリケートな問題だ。ただ、今回の仏像に関しては、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の条約で盗難文化財は返還しなけ ればならないことが定められている。韓国側の横暴は明白なのだ。
返還差し止め仮処分
平成24年10月、対馬市の寺社で盗まれた仏像2体が、韓国に持ち込まれていることが発覚したのは25年1月。韓国・大田地方警察庁が韓国人窃盗団の首謀者の男を立件、仏像を回収したと発表した。
当然、日本側は返還を求め、2体のうち海神神社の国指定重要文化財「銅造如来立像」は27年に返還された。しかし、観音寺の長崎県指定有形文化財「観世音菩薩坐像(ざぞう)」はいまだに戻っていない。
韓国中部瑞山にある浮石寺は、同坐像が14世紀に同寺で作られたと主張し、韓国仏教界の後押しも得て「仏像は倭寇に略奪されたものだ」などと返還しないよ う主張。2013(平成25)年2月、韓国の大田地裁は、観音寺が同坐像を正当に取得したことが訴訟で確定するまで韓国政府は日本側に引き渡してはならな い-と判断し、日本への返還を当分差し止める仮処分決定を出している。
「倭寇が略奪した仏像だから返さなくてもいい」。韓国では仏教界を中心にこうした主張がまかり通っているという。仏像を盗んでおきながら、数百年前にさかのぼり、日本側に略奪でなく正当に取得したことを証明しろ、と要求しているのだ。
田中氏は「日本相手なら何をしても良いと思っているのか…。とにかく私たちの常識ではとても理解できない」とあきれ返る。
韓国側からは倭寇が仏像を略奪したことを証明する根拠は示されていない。
「仏教弾圧」の影響か…?
確かに韓国人窃盗団に盗まれた観音寺の同坐像は、像内の由緒書きから、14世紀(1330年)に朝鮮半島で制作された仏像と考えられている。「高麗国瑞州浮石寺」と記されており、かつては浮石寺に安置されていたようだ。
ただ、だからといって同坐像が倭寇に略奪されたものだという明確な証拠があるわけではない。
韓国文化財庁は2014年、同坐像が日本に渡った経緯を調査した結果、「倭寇に略奪された蓋然性は高いが、断定は困難」と結論づけた。要するに、略奪による国外搬出を裏付ける史料は発見されなかったということだ。
なぜ、朝鮮半島の仏像が対馬に渡ったのか。
朝鮮半島では、14世紀末に成立した李氏朝鮮が儒教を国教とし、「揚儒排仏」という仏教弾圧の嵐が吹き荒れた。各地で仏像破壊が相次ぐ中で廃棄された仏像が対馬に持ち込まれたとも伝えられる。
観音寺が同坐像を安置するようになった正確な経緯は不明だが、対馬の寺社にある多くの新羅や高麗時代の仏像と同様、仏教弾圧の過程で渡ったという背景は一定の説得力を持つ。
訪韓…見解の差埋まらず
田中氏は今年5月、訪韓して浮石寺の関係者と面会した。同坐像が交流の中で渡ったとの見方を示すと、浮石寺側は「瑞山で日本による略奪はあったが、交流は なかった」と主張、見解の差は埋まらなかった。韓国のインターネット上では「突然押しかけてきて無礼な居直りだ」といった書き込みも相次いだ。
同坐像は今、現地の国立文化財研究所が保管している。仮処分から3年が経過し、韓国政府が法律上、仮処分取り消しを申請できる状態となっていた4月、浮石寺は韓国政府に対し、同坐像の引き渡しを求める訴訟を起こしている。
解決の兆しが一向に見えず、泥沼化する仏像の返還問題。田中氏は「こんな状態が続けば、仏像の問題にとどまらず、韓国全体への不信感が広がってしまう」と 指摘。「本当は私も体調がおかしくなるくらいの怒りを感じているが、あくまでも正々堂々と『盗んだものを返してくれ』と言い続けるつもりだ」と語る。
一方、韓国では「盗んだ仏像を返さないのは法治国家とは言えない」などとして日本への仏像返還を求める声もあり、5月にソウルで異例の集会が開かれた。田 中氏は「ちゃんと正しい考えを持っている韓国人も決して少なくないはずだ。おかしな主張をしているのは一部の人たちだと思いたい」と期待をつなぐ。
トラ剥製の返還も要求
韓国による文化財の返還要求をめぐっては、旧民主党政権当時の平成23年、宮内庁が所蔵していた李氏朝鮮時代の儀典書「朝鮮王室儀軌」を引き渡している。 このときは「昭和40年の日韓国交正常化で双方が文化財の請求権を放棄している」「韓国にも日本から持ち出された貴重な図書があるのに返還されていない」 などと疑問の声が出た。
今年2月には、日本統治時代に流出したとされる文化財などの返還を求める運動を続けている韓国の市民団体が学校法 人同志社(京都市上京区)を訪れ、トラの剥製2体の寄贈を求めた。うち1体は、日本統治時代に朝鮮半島で大規模なトラ狩りを行った実業家の山本唯三郎氏が 同志社に寄進したもので、もう1体は詳しい記録がなく所蔵した経緯は不明。
同志社は「現在は状況を静観しているが新たな動きはない。対応は検討中」としている。
歴史さかのぼって返還の是非
世界に目を転じると、欧米の博物館などには近代以前に収集された第一級の文化財が並ぶ。
大英博物館(ロンドン)の「ロゼッタ・ストーン」は、ナポレオンによる1799年のエジプト遠征で発掘され、古代文字解読の決め手となった。1820年に 発見されたギリシャの彫刻「ミロのビーナス」はフランスのルイ18世に献上され、現在はルーブル美術館(パリ)が所蔵している。
いずれも歴史の教科書に登場する世界的な人類の遺産だが、このような事例は枚挙にいとまがない。
こうした文化財の中には、発見場所だった国が返還を求めているケースも多いが、所蔵している博物館側が応じるのはまれだ。欧米諸国では「非合法な方法で持 ち出したのではない」との意識が強く、所蔵する博物館にも「人類共通の遺産として適切に管理し、広く公開している」との自負がある。
そもそも、歴史をさかのぼってまで、もとの場所に戻すべきかどうかは議論が分かれる。発見場所だった国にとっては、取り戻すべき民族のシンボル。所蔵している側としても、「埋もれていた文化財を見つけ、守ってきたのは自分たちだ」との心情があるのだ。
国際的な統一ルールなし
文化財の取り扱いに詳しい高宮いづみ・近畿大教授(考古学)は「文化財はもともとあった場所にあるべきだというのが大原則」とした上で、「さまざまな歴史 的経緯のある文化財の帰属については国際的な統一ルールがなく、当事者間の交渉次第。ケース・バイ・ケースとなっているのが実情だ」と解説する。
1972年に発効したユネスコの文化財不法輸出入禁止条約では、略奪や盗難などによって持ち出された文化財はもとの場所に戻すことを定める一方、数世紀も の昔に行われた発掘や贈与、売買には効力が及ばないとの考え方もあり、当時の文化財持ち出しが不法だったかどうかの判断も難しいという。
こうした状況について、高宮教授は「愛国心や民族感情といった要素が絡み、政治的な思惑も働く。極めてセンシティブな問題だ」と指摘する。ただ、対馬の仏 像については「条約の発効後に盗まれたことが明らかなら返還すべきだ。数百年前の経緯は簡単に確認できることではなく、改めて議論が必要」と話す。
一筋縄ではいきそうにない文化財の帰属問題について、こう提言した。
「もとの国の民族的感情を尊重しつつ、将来の友好関係や地球規模の文化財保存も視野に入れ、根気よく対話を続けることが大切ではないか。そのうえで個別の事情に応じた解決方法を模索してほしい」
http://news.livedoor.com/article/detail/11634046/